千曲川原スケッチ 
スケッチとつづり方でblogとしています。
その日の題材について、私にとって「新しきを知る」スタンスで月3~5回程度の更新予定です。
 
 

2026_0126記
冬の幻想

 お騒がせの情報を「ガセネタ」などと言うことがあります。
 そのガセネタだと思ったのですが見に行って見たのでした。「もへじ、空家に生首がある」とのドッキリ情報。家の周りには何件かの空家の一軒は三階建ての木造建物、1階入り口は大破し戸にあたるものがなくなり久しい。その入り口付近がドッキリ情報の発信源になっていました。
 残り雪は皆無にしても、このところはチャンと冷え込んでいるので水しぶきが各所で氷の造形になっていました。「ここ」と弟がそう言ってたと少年は案内をしてくれた。 中をのぞき込む。乱雑とはしているが、それらしき物はないようだった。
 「ゴミをゴミステーションに出しに行くとき、この家の前は通るから、そのときまた見てみるよ」と話す。少年は水路脇からしぶきがつくった氷の造形を手のひらにのせ私に見せた、それは鈍角のツララ、それを私はデジカメに撮り、寒中の寒い話は、実際の寒さだけで少し遅くなった日暮れとなっていきました。きっと少年の弟が見た冬の幻想だったのだろう。

 今日のスケッチは、虫に食害された木材のスケッチです。
 木材の虫穴は珍しいことではなく、こんなとき何となくカミキリムシの幼虫の仕業なのだろうと決めつけていた。が、ここで この木材の名:ミズメザクラとカミキリムシでweb検索にかけるとシバンムシと云うものがヒットした。
 虫穴の直径はどれも2mm程度で粉末状の木粉が残っている状態がそのシバンムシ(オオナガシバンムシ)の食痕に似ているようだった。寺社の仏像などの食害が紹介されていた。
 自分はフォークギターが身近にあるのでシバンムシのシバンは指板を連想したのですが、それは英語名の訳からシバンムシは死番虫と漢字では書くらしい。食べている時 木材の外でも、その音が聞こえその音は死神がもつ時計の音と欧州の人たちは捕らえたようです、ドラキュラの世界?
 寒い日々に涼しい話になってしまいましたね。温かくしてお過ごし下さい。

2026_0112記
冬の青空

 浅間山麓に位置する小諸は 高原都市とか高原城下町と銘打っている。
 長野市・松本市・諏訪湖周辺は別格として、上田市など長野県内多くの町でも同じなのですが、電車の駅を降りると坂道が始まる。小諸の駅前通りは6%程度の勾配、電動でない自転車ではきつい通りになる。
 小諸に高原都市を感じるのは冬から初夏の高山に雪がある時期になります。今日のスケッチはその小諸から西側の山々を見たもの、奥の雪山は北アルプスになります。
 これが上田あたりだと、手前の里山らが衝立ついたてとなり、遠くの北アルプスら雪山の岩稜はこれほど見れない立地になります。スケッチでの北アルプスは大町あたりの爺ヶ岳・鹿島槍あたりが見えています。この眺望は駅に近い所からのものです。
 高原都市と最初に銘打った人は浅間山の麓の町を意識したのか、スケッチのような北アルプスの眺望を意識したのか・・・

 小諸が高原都市の様相となった寒中に今あります。
 空の下の大地が白いと空は気のせいか青さを増すように見えます。
 小諸を含めた東信濃は寒いわりに雪は少ない。今年はそれが極まり箒で掃くこと数度にとどまっています。でも家前は一日中陽が当たらないので凍らすと厄介。冬の陽はありがたい、今年の夏の陽はいかに?
 数年ぶりに玄関前温度計がー11に下がっていた朝があった。直冷式冷蔵庫は気温が下がると冷蔵室が冷凍室になったり、冷凍室がプラス温度になったりの反乱をおこすので庫内に温度計を入れ温度をチェックしながら食料を傷めないよう出し入れ保管場所を工夫する頃に入っています。
 お正月は日常と区別なくリックサックの穴を塞ぐなど手作業をやっていましたが、おかげさまで頂き物のお餅も食べれたお正月、体調そこそこ2026年がはじまっています。

2025_1231記
みそかのスリーセブン

 夜空を横切る月が明るくなってきています。1月3日が満月とのこと。
 江戸時代なら こんなことはなかったのだろう、なぜなら太陰暦では月の終わりは月が見えなくなる暦だったからです。
 昔なら除夜の鐘の時間帯は月明かりは晴れていても無かったのでしょう。中国は今でも旧正月を祝う習慣を持ち2026年は2月17日。まだまだはるか向こうの大晦日でありお正月でありますが、月は前日にすべて隠れ1月1日相当の2月17日についたちとなる。
 ところで12月31日を大晦日と呼び12月30日を小晦日とすることもあるようです。その30日の「みそか」にいいことがありました。
 買い物をスーパーでしました。時に不足しているもの5品買い物カゴにいれレジへ。バーコードが読み込まれ打ち出された合計金額が税も含めスリーセブンの『777』円となったのです。今日のスケッチは、その5品のうちの1品の納豆の横姿です。

 昔 パチンコの上手な職場の方がいてその方7が三つ揃うと玉が出る機種を得意としていました、店から「もう来ないで下さい」と言われるほどのセミプロの上を行くような腕前だった。今なにをしていることやら。
 最近は消費税が加算され、それも8%だ10%だとバリエーションもあるのでスリーセブンのレシートの方には特別賞贈呈はないのか。私が777を出したスーパー店内はおせち料理たちが棚を埋め、夕方でしたがスーパーのかき入れ時と見えバナナ類もその時間帯に補充しているのでした。そのバナナも5品の一品に入り、葉物野菜、ミニトマト、生椎茸の買い物。次に777円レシートを手にすることはあるのか、レアなみそかの買い物体験でした。

2025_1226記
冬に至る青い小花

 雨の25日午後、スーパーに行くとおせち料理が並んでいました。
 今日26日雪が舞いはじめました。
 今日のスケッチは5日前に山村に舞っていたキタキチョウでした。
 着地した花はオオイヌノフグリ。冬至すぎでも花をつけるのですね、一カ所だけでなく何カ所かで青白い小花を見かけました。
 自分が少年だったころ日本沈没と云うドラマがテレビで放映されていました(1974-1975年)。そのときのものは火山地震列島である日本列島が数年のうちに沈んでいってしまう怖い内容、そのテレビの中で政界のドン的老人が「来年の桜は見れるか?」と日本沈没を予言する博士に聞くシーンがあった。博士は「見れない…多分」
 人は移民として海外への計画が進行していった。あのときのストーリーは地震・火山の地殻変動を手のつけられない怪獣のように描いていました。
 2021年にも日本沈没と云うテレビドラマがあったようですね。2011年の後に作られたシナリオには、その大震災と原発事故のエキスが入っていたのだろうか?

 温暖化する地球をSF小説にしている人もいるのかもです。
 怖いものは?の質問にモンスターは物価と答える人も多いのかも。
 直面する災いが 注意しておかなければ将来災いになることを見えないものにしているように思います。
 冬至に咲いていたオオイヌノフグリ。
 従来なら凍結しシャベルが刺さらない12月下旬の庭にモグラ塚がいくつも盛り上がっていた。
 冬が温めであることは有り難いのですが、四季を工夫しやっていきたいです。

2025_1212記
アーモンドが近くなった日

 朝は冷たくなってきています、-7℃程度まで。しかし雪は少量が一回、すでに融け消えています。
 ところで界隈での紅葉は3~4週間前でおわっていますが、今年はカエデ類の赤が見事でありました。
 そんなカエデたちが集落の橋をおおうようにある所があり、その橋には正式な橋名があるのですが それとは別に「紅葉橋(もみじばし)」の看板が立てられています。周辺には小さな滝のような流れもあり、あずま屋のほかにベンチもあります。今日のスケッチはそのベンチに休んだとき足下たわわに落ちていた実でした。
 樹皮をみると桜のような感じ。でも「もしかしたら花桃はなももかな」と思い実を一つ持ち帰り調べてみると花桃の実→種でいいようでした。
 調べてみて、この中には仁があり それがアーモンドそっくりであるようでした。仁を食せる樹木として銀杏やクルミがありますが、アーモンドもそのように生るもののようです。そこで拾ってきた花桃の種を割ってみました(スケッチ中)。すると断面には確かにアーモンド型の凹みがありましたが、期待したアーモンド型の仁は出てこず縮み上がった黒いものがあるのみでした(スケッチ右)。
 しかし このことで拾ってきた種が春から初夏に白や赤い花を楽しませてくれる花桃のそれに違いないと思い至った次第です。

 アーモンドも桜の仲間となっています。
 花も似ているようです。日本ではカリフォルニア産が有名なのかと思いますが、原産は中央アジアとなっています。
 アーモンドが入っているチョコレートはあこがれだった子供の頃。数多の野菜・果物においてもそうなのですが、アーモンドがどんな花を咲かせるのかとか考えもせず商店の商品棚の場所で覚える町に暮らす人として私は生かされてきたのでしょう。アーモンドが少し近くなった今日でありました。

2025_1123記
かぜ注意してね

 信州の高原にはヒョウモンチョウが目立つ。
 今日のスケッチは、そのヒョウモンチョウの一種と思われます。秋に遭遇するヒョウモンチョウは与えられた命を使い切るように翅が相当痛んでいるものが多い。
 今秋はこのヒョウモンチョウの産卵を目にすることが山で見れました。10月はじめだった森はまだ草木の葉は青く、その草の中に潜り込むように1匹のヒョウモンチョウが入り込み出て行った。このチョウの幼虫の食草はスミレ類と知っていたので「そこにはスミレがあるはず」とチョウがしばし滞在した辺りをかき分け見渡すとスミレはなく土しかなかった。
 帰り調べると「スミレが出てきそうな所に産卵する」ともあったので、きっとそれだったのだと思い込むことにしました。私たちは自然のほんの一部に触れている。目の前に出くわす自然の営みに小さくとも気づきがあったとき、その日はいい日になることがある。

 朝が冷えてきたので、朝飲むコーヒーの湯は石油ストーブ上のヤカンの湯となっています。
 県のプレス発表では、ここ2週間でインフルエンザが急激に増えている。鯉の滝登りのように一気に注意報レベルを飛び越え警報レベルに達してるようだった。
 新潟の柏崎刈羽原発稼働にむけ云々のニュースが入っていた。低い空において風は動きやすい地形をたどっていく、長野県 特に信濃川(≒千曲川・犀川)流域は柏崎刈羽の風下になる場合がある。
 長野県として、そういった災害マップの数パターンを示す研究や議論はないのだろうか。

2025_1106記
晩秋の立ちん坊

 里に近い山でも落葉が道を狭める頃となってきました。
 カエデ類の紅黄葉はなお残っているが、葉の大きさでは森中で群を抜くホオノキはその葉を落とし終えていました。ホオノキは文具店などで版画の板とし葉書サイズでよく置かれていた(今は葉書文化が後退しているので?)。ホウの葉はその葉書サイズ版木の2倍はゆうにあるだろう。それが木のまわりの林床をにぎわしていました。
 太陽は低い空を横切るので山の日影が出来やすい。
 昼下がりの森は薄曇り無風の中10数℃でありました。
 セミも虫も鳴いてない、時折鳥の鳴き声。
 音少なき季節に入りかけている。ときおり往来のエンジン音が遠くから近づいてくる。カラマツの落葉が頬にあたる音はふりはじめの雨のよう。
 ユスリカのような単体が低い空を舞っていました。手を差し出すと手のひらに着地。白い綿状のものをつけた雪虫でありました。

 今日のスケッチは春夏秋それぞれに特徴的なマムシグサの晩秋の姿です。
 上部の実は赤く短いトウモロコシ、しかし毒をもち、しかしこの実を食べる鳥たちがいるとのこと。彼らにとってはけっこう美味く(?)魅力的なのだろう、なぜならマムシグサは信州の山広く生えている姿を見るからです。
 マムシグサは2本の腕のような葉枝をもっている(必ず2本)。葉に勢いがなくなると一本足のカカシのように擬人化し晩秋の話しがけをしてきそうだ。たとえ声をかけられても素通りすることにしよう、晩秋の森での声かけは魔界へとみちびかれそうで、いけないのです。
 自分の知り得る道を日が暮れる前に帰ることにしよう。今夜が月夜なら寒夜にきまっているさ。

2025_1031記
うわぐすりとのうやく

 木工品では保護のため、最後に塗装されることが多いです。
 染みこませたり、表面に膜をつくったり。
 茶碗など焼き物の場合は、釉薬(ゆうやく≒うわぐすり)と呼ばれるものがその役目をしている。焼き物の釉薬は高温で焼かれるなかで強靱な膜をつくってくれている。
 木工品は落としたりぶつけたりののち割れにくいにしても、洗剤などで洗い続ければ多くの塗膜はなくなってしまい木地が見えてもくるだろうが、陶器類釉薬がつくる膜は粗雑なあつかいをしてもそんなことはない。割れやすく、重いのは陶器類なので一長一短。
 焼き物の釉薬はそれぞれの窯元で工夫され焼き物の特徴ともなってきたことでしょう。代表的なものに草木の灰を主原料とする灰釉(はいゆう・かいゆう)というものもあるようです。 先日催事で出会った焼き物:磁器作家の方とお話した時「果物の枝を釉薬に使っていると、最近違うんですよ」と、続けて「農薬が原因かと思うのです」
 農薬と聞き、昨今主流となっているのだろう浸透性のネオニコ系農薬を私は思い浮かべた。その磁器作家の作風は白を特徴としているらしい、白を求めている作業の中で、以前は出なかった色つきツブツブが出てしまうようだった。

 浸透性農薬は、もちろん実る果実が形よく収穫するためのものと思われますが、樹の他の部分にも浸透蓄積しているということなのか?そうなると次の年はその農薬の中で残留する成分なにがしかがある状態から実ることになっているのか?私たちが日頃おいしいと食べている果物の現状はいかに?
  今日のスケッチは、小諸古文書館で公開されていた浅間山天明噴火の図でした(古文書の1ページからスケッチ)。火山噴出物も釉薬に一役かっているようです。
 朝は寒くなってきています、氷点下の朝もチラホラです。

2025_1011記
勾配のある路に差し掛かり

 今年は夏の間まったく見なかったヘビやトカゲのロードキルを最近 頻繁に見かけるようになっています。道路は陽が当たりさえすれば暖かいので体温調整に出て来たところ轢かれてしまうのかと思っている。
 私たち人も変わりゆく季節を感じ取らなければ。暑さが続いたので季節の感覚が押され衣もしばらくTシャツで過ごしていたりした。
 道路には%で勾配を表す標識たちがあります。「この先は急坂ですよ」と知らせるものたち。季節はここで[10%勾配]の標識がうちだされたかのように大きな気温差に体調をみださないよう、日々割れた路に踏み入らないように暮らしていきましょう。

 実りの秋は花たちの後ろの季節になる、山はまだうっそうとしているが目を引く物が少ないです。そんな森中にあったツル植物が今日のスケッチです。
 ツル植物を注目し見ていると右巻と左巻のものがあることに気づきました。以前「北半球は右巻(もしくは左巻が多い/うる覚え)」のような説明をしてくれた人がいて、それを勝手な自分の解釈で「太陽の当たり方が北半球と南半球とではちがうからだな」などと納得していました。しかし台風の渦巻が北半球と南半球とで違うのは地球の自転によるものとなっているようです。
 ということで、ちょっと専門用語など挟み説明されると信じてしまう、信じてみたいと思ってしまう私があるようです。教えられた事柄を「正しい」と思ったとき、その事に対して思考停止となることはよくあるのです。
 スケッチのツルはフジだと思います。山に多いツルウメモドキはフジとは逆の巻き上がりをしていました。巻きかたは地球の自転や太陽の向きに関係薄く遺伝的なものとなっていました。草になりますがネジバナは花部の捻じれが右巻・左巻両方があるとのこと。

2025_0928記
童話の匂いがする実

 すぎさりし夏の夜のことだった。
 その夜は高温だったので2階では寝ず少しでも涼しい1階に寝床を移し寝ていたのです。
 夜中に目が覚めると右手の中にゴソゴソ動く物がいた。
 「ゴキブリか?」「カマドウマ?」
 しかし それらにしては動きに俊敏さがないようだった。灯をつけ見てみる。
 手を見てみると・・・
 「よぉ、よぉ、サワガニ」だった。
 家には大小様々な出入り口があるようだ。サワガニは猛暑の避暑地として我が家を選んだのか?なにか物色するものが豊富と勘違いしたのか?
 夜の戸を開き、野外に出ていってもらった。

 今日のスケッチは山に生っていたヤマナシの実(断面)です。
 このヤマナシの木は標高1500m付近の山中に自生していますが花は咲けど実を見つけることが昨年まではありませんでした。今年なにやら丸いものが枝先に付いていることを夏にみてきたので、秋分のころ根元まで近づき見上げると「やっぱり実だ」と、数個生っていたものの1つを取って来て半分に割ったものをスケッチしたものです(5cmぐらい)。
 ヤマナシと云うと宮澤賢治の童話を思い出します。
 賢治さんの「やまなし」とタイトルをつけた童話は小さな谷川のカニたちの目を通した物語が展開されています。カニはただ蟹とされているがサワガニに相違ない。童話では二匹のカニの兄弟はそのお父さんとクランボン・魚・カワセミ、そしてヤマナシらと遭遇し物語を残してくれた。
 夏の夜に私の寝床にきた一匹のサワガニは、野外に追い出された後、仲間たちとどんな物語を語ったのだろう。

2025_0922記
トンボの背筋

 人の特徴の一つは二本足で歩くこと。
 そのことにより四本足で歩く動物たちとは背骨の湾曲方向が違うのだそうです。オラウータンを含めた四本足の背骨は、よく言う「猫背」→橋のように中央部が背の方向に盛り上がって体を支えているとのこと。人はというと、中央部が逆に腹の方にもしなり体を支えているとのこと。
 先日借りてきた姿勢の本の一章にそのことを知ったのでした。
 腰痛というほどではないがその周辺が多少気になることもあり、その原因がどうやら関節とかではなく腰近くの背筋あたりからきているようだったので筋のトレーニング(エクササイズ)も紹介していたその本を借りたのです。
 木を削るとき、PC画面をのぞき込むとき どうしても猫背になりがち。本では そのような姿勢を不良姿勢と指摘していました。
 内容が専門的なところもあり、自分のほうがついていけない・熟読できていないのですが、二足歩行の動物としての姿勢を意識してみようと摘みとってみたのです。歩くのは「有酸素運動でいいよ」とか聞くときがありますが、二足歩行の生き物として備わった体形は、二足歩行をすることで良質な体形を維持または復活させていくのでは、つまり散歩は「姿勢を整える上でも、けっこういいのかも」と思ったわけです。

 ちなみに散歩は20分以上で有酸素運動とされているようです。
 滝を下りおちるように、猛暑から涼しさが感じられるようになりました。
 今日のスケッチは自転車のハンドルに止まった赤トンボでした。
 トンボくん、君の立ち姿勢はシャンとしている!でも実のところ君は腰痛もちで その背筋をきたえるエキササイズの最中ではないのか?

2025_0915記
ネコも蚊に刺さるるようです

 マタタビはネコに好まれるという。
 好むのは実なのか葉なのか花なのか?今日のスケッチはそのマタタビの実です。右の2つはまだ青く、左の1つはオレンジ色に色づいていました。
 数年前、オレンジ色に色づいた実をかじってみると「いけるかも」と思ったすぐあと口の中に渋みが広がり、あれ以来マタタビは見るだけにしている。
 マタタビはこの辺の山では希少なものではなく、1300mぐらいの標高まで山々に点在している。車で移動していても一部の葉が全面白く色づく梅雨ごろは運転しながらも目立つツル植物になります。
 ネコはマタタビのどこがすきなのか?
  マタタビの葉や枝などにすり寄っているweb画像が見れました。
 そして「マタタビの成分の中には蚊が忌避するものがある」と調べたものがありました。食べること・栄養をとることに役にたっているのだろうと思っていたわけですが、自然界は知恵の宝庫でもありますね。
 本年たいへん多くの蚊に家内で遭遇し、たくさんの蚊取り線香を炊きました。 マタタビにそんな効果が見込まれるなら、来年はマタタビの葉や枝先を数個持ち帰り、体にぶら下げ暮らしてみようか。

 クマもサルナシの実などと同じようにマタタビの実を食べるとされていました。
 クマ出没の要因に「ドングリら山の産物の不足ゆえ里にクマが下るのだ」ということを聞きます。クマとの遭遇がまず日常ではなく関心薄く暮らしている私などは「食べ物がなければもっともな話だ」と納得していました。しかしそれはクマの個体数が毎年同数の条件で食べ物の不足を考えているところがあった。「クマ自体の個体数が増えているのです」という現状があるようです。そうなると木の実が不足の年に限らず人の生活圏に現れるケースが多くなるのではないか。クマに学習させないよう 山近くの集落ではクマを引き寄せるような残飯・物質らの管理に、より注意が払われる これからになるのかもしれないです。

2025_0824記
知床のドラム缶

 どこの地にも廃屋というものはあるものだ。
 今日のスケッチは20年近く前 北の大地にあった廃屋でした。場所は北海道知床、知床五湖への道手前数百mにあったもので離農跡と思われます。それは国土地理院の地図で1970年代半ばの航空写真が閲覧できたからです。その航空写真地図では、五湖までの道脇は人が開き利用していた開拓地が見れる。その旅のときはすべてササ(クマザサ?)に覆われ所々に赤茶けたドラム缶がササの中にあったのみでありました。
 自転車にてスケッチの廃屋に到達する前、動くドラム缶が海側の笹薮の中にあった。気づかぬふりをしペダルを同じように踏み続け、落ち着かない心持でこの廃屋前にたどり着いたのでした。
 ヒグマであったと思う。その後 名勝地知床五湖の木道を散策したが、早い時間帯に入っていたので人は誰もいない、心落ち着かず短時間で散策を終え自転車を積んできた駐車場へと戻っていった。五湖の木道を南にふり向けば知床の山々が連なり、その西端になる羅臼岳も残雪が中腹まで残る6月上旬、北海道ではタラノメが摘み頃の季節だった。

 羅臼岳でのヒグマのニュースは、いろいろと考えがめぐります。
 クマが親子の形態であったこと。お母さんが娘・息子のための捕食か。また人もエサであることを学習しただろう子らにも銃がむけられたこと。
 また襲われた男性を思うと、自分もそうであるが人が行動する昼間の時間帯、それも登山道とはいえお盆休みの最もたる8月14日昼頃ほかの登山者と「こんにちは」など何度か声を交わしながら歩いたはず(想像です)。ひとりで筍やキノコを取りに行ったのではないのだ。群集心理というか、人がいることが判断を細らせてしまうことが時にあるように思う。
 自分も登山道ではないが林道サイク(県道)にひとり入るとき、クマとの遭遇をさけたいので、その情報がある山では土日に入るようにしている。すると平日なら数十分に一台の車の往来が数分に一台と人の気配が濃くなることに「これだけ車の行き来があれば野生動物たちは出てこないだろう」と心のソロバンをはじいているところがあった。そんな観点もあり羅臼のニュースは個人的にも考えさせられている。

2025_0819記
2匹はハートマーク

 リハビリがてらの山道登坂サイクのメインコースは標高でいえば1,000m~1,650m。里が35℃ぐらいでもそこに行けば林間であれば20℃台で過ごせているはず。とはいえ動いているので熱をおびるし林が途切れる区間もあり、そんなとき登坂時着用の布製の帽子と腕覆いを沢の水に浸し後頭部と腕を冷やす。幾筋もの沢が横切っている登坂道なのでそんな工夫もできるのです。
 里で暮らす時、そのことを思いタオルを水に浸し頭に巻くことをする。室温が30℃をこえるようなときは扇風機とともに水を活用してみています。
 水の利用は水路が家前を流れている環境もあり、福島原発を現在も水で冷却し続けている忘れそうでもまだ記憶にある教訓・手本とし、打ち水にて家周りの輻射熱をいくらかでも奪うことを試みています。打ち水は自家製ジョウロ(穴あけ空缶)とヒシャクで行っています。ヒシャクは地上から1階トタン屋根らに打ちかけるように使っています。
 そのヒシャクの柄が付けねで折れた。折れた柄を短くし再生することもできたが工房内にあった半端材で新しくつくることにした。樫の端材で柄の直径に合いそうなものがあったので鋸と鉋で工作しすげかえた。長さは端材のままで15㎝ほど長いものとなった。その再生したヒシャクに水を汲み振り上げると長くなった分、今までより高いところまでとどくようになった。自分で直したもので成果を感じたことは暑い中でも涼を感じられたしだいです。

 今日のスケッチは文頭の山道に数日前入ったとき標高1,550m付近の路上におられたセミ二匹です。
 当日は盆休み中だったので、狭い山道でも いつもより多めの車がはいり蛇やバッタの轢かれたものを見・除けその標高まで上って来ていたので、このセミたちも道脇に除けないと粉々にされるだろうと手をかけると・・・動くのでありました。
 セミはコエゾゼミなる名が付いているようで信州ではもっとも高い所に生息する北方系のセミのようでした。道脇の草むらに移しました。木から落ちたものと思われますがトンボのように交尾したままでは飛べないようです。
 熱中症に注意があつまりますが新型コロナがジワッと増えています。東京隣県(埼玉・千葉・茨城・神奈川・栃木)は定点あたり10人に迫っているようです(先週お盆前発表分で)。人々の移動のあとでもあり注視したいです。

2025_0801記
pmの風は東から

 暑い日が続いています。
 室内の貯め置きしておいたバケツの水に温度計をさせば23℃の朝があった。
 当地佐久地方は午後関東平野からの暖気が山を越えてくることが普通におこるので、夕方以降の空気が なかなか涼しくなりません。
 午後9時の時点でも室温が30℃を下回らない夜は、いつもは2階で寝ているものを1階に寝床を移し寝るようにしています。1階は2階より2度ぐらい低い傾向にあります。これは室内外の戸を明けっ放しにして過ごすと1階の暖かい空気は2階方向へ上昇することも関係していると思うのですが、基本昨今は外気が高温なのであります。
 暑中お見舞い申し上げます。

 そんな関東山地越しの風に乗って来たのか今日のスケッチはアカボシゴマダラチョウです。バナナの皮を干していたビニールシートの表面をしきりに口の管でつついていました。
 翅の後部(スケッチでは下)には赤い目立つ斑紋帯がありきれいな蝶でした。山地ごしの風に乗ってとしたのは、この蝶本来は日本では奄美以南に生息の記録はあれ本州にはなかったものが関東地方で四半世紀前に確認され長野県内での移入は希少なようです。
 関東山地の北側山帯は標高1,500mに満たず、東西の行き来がいくらかできる空域なのでしょう。暖気も蝶も、光化学スモックも、あの時のヨウ素セシウムも、東風に乗り舞い降りてきている仕組みの一つなのかなと思っています。
 生物外国種の虫や草たちは注視されながらも定着を試みている現状があるようです、アカボシゴマダラチョウも美しいながら元来暖かい地方に育つ外来の侵入生物とあります。

2025_0726記
大判小判のころ

 カンピョウの実は大きい。
 キューリとそれの関係は小判と大判のようだ。カンピョウの実は大判なのだ。
 何年かに一度、一人じゃ食べきれないからと半分頂くことがある。それで何度か剥いては天日に干したことがあるが、前回は雨にうたれカビを生やしてしまった。今回はその辺をチェックポイントに剥いたものたちを洗濯ハンガーに挟み載せ、なんとか干し上げました。
 そうこうしているうちに「エノキやキクラゲを干すと旨味がでるよ」とお話をしてくれる方がいた。それで共に一袋99円のエノキ(もちろん生)と生キクラゲをスーパーで買い猛暑の天日に干しました。陽の強い時間帯はあれど、ほぼ連日昼頃から雷雨の予報も出ていたので雲や風が出てきたら早め早めに取り込み、3日ほどするとキクラゲの方も乾燥状態(スケッチ)になりそれらしい感じになった。
  猛暑を追い風に少しでもしようとそれぞれの工夫をしていることだろうし、ラジオなどでのそのような話題が取り上げられがち。

 そして各々 「今日も暑くなります」注意して暮らしてくださいとキャスターの方々。
 このヒート現象を抑えることに関するニュースや特番は無い。ニュースでは経済界から電力の需要がこれからも増えるだろうから電気生産量を増やすべく…暑中にニュースが流れていた。
 発電方法がいかにあれど動くものは熱を発しているように思う。そのようなニュースや放送を聞いていると、それは酷い地球的被害が表に出ない限り、この酷暑が続くことを悟って下さいと伝えているようだ。
 田畑も暑いんだろうな、大丈夫かな。本文で昼頃から雷雨予報と書きましたが、予報だけで当地では雨がほぼ降っていません。

2025_0710記
やってもらいたい事はけっこうあるよね

 夏に至ったころからトンボの姿をよく見かけるようになっています。
 私の界隈では 圧倒的に黒い4枚の翅をもったハグロトンボが多いです。今年は早くから暑い日があったので裏庭に水を撒くことが多く、その湿り気を好んでか、朝 裏戸を開けると黒いトンボたちが地面から舞い上がるのを見ています。
 それにしても暑い日がつづいています。そうこうしているうちに参議院選挙なるものの活動期間に入っています。選挙運動期間というのは その対象によって期間の長さがことなり市議会選などは7日間のところ 今回の参議院選は17日間と県知事選と共にもっとも長い期間が定められているようです。
 暑い日がつづくなか各党の選挙公約なるものは、減税と給付金が多いと感じる。「異常な暑さ」をテーマに話すところは見受けられない。人の活動が加担している可能性大の熱波を抑えてみせようなる政策を考え語るところはないのか?
 日々の暮らしに近いほうが票が集まりそうなのは感じるが 猛暑の中 立候補する人も選ぶ人も見て見ぬふりして「熱波をなを近い将来においても日本は受け入れてもしょうがないね」と国会議員選挙の外に置いておくことにしたのだろう。体調への気づかい少なく暮らしたいものです。

 トンボとともにバッタも見かけるようになりました。
 今日のスケッチは、山中道路上にいたバッタでした。
 しらべみるとイナゴモドキと云う名がつけられたバッタのようです。現在では山に見るとありましたが局地的で めずらしいもののようです。日本国内ではもっとも海から遠い地域を身近にしているので希少種にめぐりあうこともたまにあるようです。
 選挙には行こうと思います。

2025_0629記
草と生きる季節

 雨雲の重さが、暑さのシーソーをギッタンバッコンやっている。
 やがて 雲がとれシーソーは停止し、ジリジリと暑い日々が連日やってくるのだろう。
 暑くなってくれば涼し気な服を着たくなる。Tシャツにしても綿のものよりポリエステルで通気性のよいもののほうに首や腕を通したくなる。
 畑でズッキーニがとれはじめたようです。知人が自転車で届けてくれた(今日のスケッチ)。作物ができるなら他の草々も生えてくるだろうからその対応もしていることでしょう。徳富蘆花「自然と人生」と云う随筆集の中に「草」について書かれたものがあります。その文は「 六、七、八、九の月は、農家は草と合戦である」からはじまっていて、「きれいになったかと思うと、もはや一方では生えている」また「なぜ人間が除草機器にならねばならないのか」「一本取れば一本減るのだ」と続き「われらの心も草だらけ…あたりの社会も草だらけ・・・草がなければ堕落してしまう」。
 この随筆集が発表された1900年は明治33年で日露の合戦が終わったころ。草は抜きとることが日常であり薬で枯らすことはまだしていない。私の母方の祖母はだいたいその頃の生まれだから幼少のころ、夏は草との戦いに明け暮れていたのかもしれない。

 知人の畑は少量の肥料はあげても農薬をまかないので 草ボーボーで「草に負けた」と草と共存している畑なのです。菜っ葉にしても虫に食われているし 実るものも売っている物より小ぶりになります。でも匂いが強いような感じもあり、たまにサラダなどを分けて頂いています。
 自転車で届けて頂いたズッキーニ、野菜炒めに頂き美味しかったです。夏は水分を取られるせいか 体重が減ることがあるので、しっかり食べたいものです。

2025_0615記
雁に二つの呼び名あり

 小学生時分 切手を集めるのを趣味としたころがあった。父は勤め近くの文房具屋さんで新しい切手が出ると買い求めプレゼントしてくれることがあった。切手の中には高価な値がついている物があり、国際文通週間や切手趣味週間の年一種類発行されるもので浮世絵を切手の図案に採用したものだった。切手趣味週間の中「見返り美人」や「月にかり」は子供たちにとって高値の花だった。
 「月に雁」は満月の空を降下していく3羽の雁が描かれていて、本来の広重の絵は彩色豊かであるが、1949年印刷技術のせいかモノトーン。
 ところで「がんもどき」のガンは鳥のガンでその肉に似ていることで「もどき」とされたとのこと。かりがんでもあり、そのことから「かりもどき」でも良かったのだろうが、美術的なものと食材のちがいからか「かり」と「がん」を使い分けています。
 現在「がん」と云うと多くの日本人が鳥の雁を思い浮かべないだろう、「がん」と云えば病のそれが どうしても近い単語となっています。

 今日のスケッチは森でみた黒いアゲハチョウらしき蛾のようです。
 アゲハモドキと云う名がついていました。毒を持つジャコウアゲハに擬態したことで種をつないできたようです。
 私の隣地千曲川にても雁は見たことがない。6年前の洪水で石が露出いた河原は草がおおったようです。雨で泥水の川を中州にむかい小さき水鳥が列をつくって渡って行くのが見えました。カルガモが子育てできる環境がととのったのかもしれない。

2025_0526記
会えそうで会えないタンポポたずね草

 今年は梅雨入りが早そうであります。
 この5月は30℃を越える夕方も数日あったし、その後ストーブをつける朝もあった。そんな中 草たちは発芽し地を埋め野を緑に埋め尽くしました。
 シロツメグサの野で四つ葉を探す人がいます。
 私はシロツメグサの四つ葉を探すようなことはしないが、タンポポの在来種はないかと時折花咲くタンポポの下側(ガク)をのぞき込むことがあります。
 「外来種タンポポはガクが反り返り(スケッチ下左)、在来種はそれが反り返らない(スケッチ下右)」と教えてくれた人がはるか前いて、それから時折チェックしてみてきたのです。
 しかし 今まで在来種タンポポの特徴とされるガクが反り返らないものに出会ったことがなかった。皆西洋タンポポとされる外来種。その帰化植物西洋タンポポは日露戦争のころ北アメリカから北海道に導入され広がったとされています。
 在来のタンポポは春が花期とあり、信州の山では初夏も春の陽気なのだろう、道沿いにはワラビやコゴミが芽を出す頃。そんな林道のアスファルト舗装の割れ目からそのタンポポが生えていた。花の下をのぞき込むと今日のスケッチのようにガクが反り返らずまとまっていた。

 はじめて在来種のタンポポを見つけたとした喜びはワラビやコゴミ・タラノメ山菜を摘む初夏の喜びでした。
 しかし帰宅し調べ返すと、ニホンタンポポは葉の切れ込みがおだやかとあった。わたしが山で立ち止まったタンポポは葉の切れ込みがとくに深いものだった。交配種なのか?
 ということで在来種らしきものに会えたのかもと思うことにしました。

2025_0510記
初夏寺問答

 カタクリ咲く頃は過ぎてはいましたがGW行商地とさせていただいた津金寺。
 新緑の山は すでにヤマブキソウとチゴユリの林床となり、それはそれで見事なのでありました。
 出会った方との相性なのか話こむこともある。動植物の話で入り込んでしまったカメラマンがいて、イカリソウを沢山カメラに納めていました。そのうち「糸トンボ」も撮ったと話されたあたりで昆虫の話になり季節の先取りでホタルの話になりました。
 『「こっちの水はあまいぞ」と唄われているのは成虫が花の蜜でも吸うんですかね?』
 『成虫になると交尾だけで食べない種も多いですよね、ホタルもそれなんじゃないかな?でもチョウの幼虫の多くは草の葉を食べ、成虫は蜜を吸いますよね。「あまい水」は蜜を比喩しているかも知れませんね。』

 と云うことで帰宅後調べて見ました。やはり成虫になると食べないとあり、ただ乾燥に弱いので水を口にふくむとありました。
 人である自分の近く(こっち)に来てほしい願いとしての「甘い」「(あっち)苦い」であり、蛍は自分と同じ嗜好をもつ友として迎えたい生き物とされたのでしょう。想像ですが何となく蛍に対する感性そのままの「ほーほーほーたる来い」のこの一行が最初は唄のすべてではなかったのかと思います。ほー、ほー、と歌ってみると、おどろかさないよう呼びかけるやさしさを感じる一行に思うのです。
 今日のスケッチは、本文ホタル問答をした津金寺裏山に花を咲かせていたツリバナの花と思われます。

2025_0424記
紀行文栃木にて

 関東の催事に今月初旬行った時の話であります。
 催事は二日間。一日目が終わり陽が暮れかかっていたが周辺を少しまわり催事場の駐車場に戻り許されていた車中泊をきめこもうとしていた。
 周辺をまわっているうちに陽が落ち、そろそろ戻ろうとしたとき道に迷ってしまった。
 それには、いくつかの不備があった。携帯はもっているがスマホのような機能はなくそれで現在地がしれないのはしょうがないが、車に所持していた地図がいつも行き来する中部地方のもので、催事の栃木県には及んでなくドーロマップがまったく無い状態で暮れてしまった。山影だけがたよりの方向感覚のなか数分走りコンビニに入り込んだ。小品を買い店員の方に道を尋ねる「県外から来ました道を教えてください」「一つ目の信号を右に曲がり、幾つめだったかな信号を…方向的にはあっちの方で富田という方を目指して下さい」

 車を走らせ信号を右に曲がり・・・しばらく走ったが夜道は、また同じコンビニにたどり着いてしまった。
 「むむ、タヌキにだまされたか」
 方向転換し少しすると道の駅への案内板が掛かっていたので「道の駅に行き今夜はそこで車中泊、明日陽が上ったら催事場に戻ることにしよう」
 道の駅に着いた。道の駅の名前は『どまんなか たぬま』
 「たぬま、か。タヌキに似ているぞ。明日の朝起きたら野っぱらに自分の車が一台止まっているなんてことはないだろな」

 『どまんなかたぬま』の夜が明けた。
 夜が明けたことで視野が広くなり方向も何となくつかめた、10数分後に催事場に戻ることができた。これが私の栃木タヌタヌ紀行です。
 あの頃、催事場内でチューリップが咲いていたようにうる覚え。今 信州でチューリップが咲いています、今日のスケッチです。

2025_0412記
新年度の成長

 信州の里でもサクラが咲きほこる季節となってきています。
 この春は市議会選の候補者車が行きかっている。 小学校も7日の日にはじまったようで新年度が動き始めている。
 この年度替わりを境に 公共料金が変更されてはいないか。それは行きつけの温泉施設(公営)の料金が4月から改定されているところが少なくないことに感じたのです。500円が650円に30%値上げの地域もあり、利用者の移動もあることだろう。公共のものはそれにとどまらずサービスを受けるとき施設を使うときの料金、手続き上の手数料等変更があるものがあるのかもしれない。
 2月の県庁のある長野市の物価指数なるプレス発表では30~40ケ月前年同月を上回っているとあり、この一年間では食料7%についで光熱・水道5.7%が上昇しているとある。さて民間の銭湯はいくらなんだろう?
 銭湯の入浴料金は各都道府県において物価統制令等に基づき上限額が決められているとあり、長野県は500円となっていて、3年前より100円upしている(銭湯の経営状態は8割が赤字とあり、新たな会合がもたれるかも知れない)。
 人の年齢は年をおって増えていく。物の価値も年をおって増えていく、いまそれはグングン伸びる成長期に入っているのですか。

 今日のスケッチは少年が持ち込んだサクラの枝先から取れ落ちたサクラの花房です。
 新年度から感染症の数え方も変わったとあった。急性呼吸器感染症(ARI)なる範囲のものの調査を行っていくらしき内容。その症はインフルエンザ、新型コロナウイルス、RSウイルス…らを含めた呼吸器感染症の総称とあり、飛沫感染等により周囲の方にうつしやすいことが特徴とある。
 それらの動向を察知するもう片方で(仮に)未知の呼吸器感染症が発生し増加し始めた場合に迅速に探知すると説明されています。
 初期症状では明確なちがいをとらえづらい おぼろげな部分を定点医療機関を設定しカウントしていくということなのか。

2025_0403記
アシカのつく地名

 「日本にもアシカがいた」というとアシカショーのアシカは?北海道あたりにいるものではなかったのかと知る。
 ショーのアシカたちは北アメリカ大陸西岸に生息する黒いカリフォルニアアシカという種のようです。
 それでニホンアシカはというと昭和期に姿を見なくなり、ショーのアシカたちより土色をしていてイタチやカワウソを連想する体色だったようです。そのニホンアシカたち江戸時代には本州広くその沿岸に姿を見られたとされています。それが地名の由来にも残っていて東京湾には岩礁のような島々が海獺あしか島とされていて、利根川河口にある犬吠埼の犬はアシカに由来するとあります。
 油脂からの石鹸・ニカワ、骨肉は肥料として捕獲が黙認され明治末期にはそれら関東の地から姿を消したそうです。
 鳴門海峡にもいたとあり 百数十年前の日本の海に想像をふくらませます。

 関東平野では広く桜が咲いていると聞きます。桜はこの百年ニホンアシカとは裏腹に生息を広めたことでしょう。
 土色の地から草の新芽が出てきましたがまだ信州は雪が舞います。
 今日のスケッチは立ち上がってきたシロツメ草の三つ葉に着地した雪たちでした。
 アシカや同じく鰭脚類のトドに由来の地名はけっこうあります。内陸にもアシカのつく場所がありました。
 それはアシカガと読ます足利です。足利は内陸県栃木の西南に位置し、ここを流れる渡良瀬川は現在では銚子へとながれる利根川と合流していき、足利尊氏当時は現東京湾へ注ぎ河口では太日川(ふといがわ、現江戸川)と呼ばれていました。アシカガもそれらを通じかろうじて海とはつながっているが、やはり由来は尊氏らなのでしょうね。

2025_0325記
質疑から知った専門用語

 市議会の広報が数か月おきに配り物として届いていて、その一般質疑の中に野生動物捕獲についての質問もあった。
 その内容は錯誤捕獲およびその放獣の実態を問うものだった。錯誤捕獲とはシカやイノシシの捕獲目的でかけた罠にクマなど意図しない鳥獣がかかることになるようでした。
 それらから思うと林道わきにかかっていたイノシシは市外他の地域ではあったが錯誤にはならないのだろう(今日のスケッチ)。シカ罠にイノシシがかかっているのを初めてみました。左後足に罠がかかってい体長80㎝ぐらいでありました。後の森には南斜面とはいえまだまだらに雪が残っている山肌、罠はカラマツの幹にくくられ設置されイノシシはそのまわりの地面を動ける範囲で掘りえぐっていました。その行動は必至に罠から逃げようとしたのか、腹を満たすため掘ったのか定かではないがカラマツの根元は20㎝近く掘られていたように見えました。
 イノシシはその後、猟の方に見回りの際捕らえられ里に運ばれたようでした。私はその場所で手を合わせ、山を下りる。

 私たちの暮らしは平時きざまれた肉を店舗で購入し私たちの力に換えている。その肉となった命にも頭や手足がついていたことを忘れがちである。肉となった命には非情な部分を他の者の仕事にゆだねながら。イノシシは銃声に横たわったのだろう、人の生活はそうやって守られていることを静かに知る思いです。
 たまたま見つけた配り物錯誤捕獲の市議会広報でしたが、近く議会選挙があるそうなので、今回は議会の一般質疑が掲載された広報(ネット上で数年分閲覧可)を読み直し投票したい人を決めようと思います。「あの人が押すから」とか「地域の出だから」と、あまり考えずに前回までは投票してきたのです。議会一般質疑広報をさかのぼり読んでみると 思いのほか学校不登校に関する質疑が多かった。子どもは大人の小さな鏡でもあろうから考えさせられる思いです。どこかの地で道路や下水道が痛んでいるとニュースになったけどおだやかな人の道の修復も心に置かなければ。

2025_0313記
3.11あたりで

 今日のスケッチは能登半島西部の灯台です。1985年夏に旅したときのもの。
 木工にとりかかって7~8年かかっていたが、絵でも描いてみようとスケッチを始めたころのものです。
 その灯台は昨年の地震でどうしたのか、“灯台の名前と地震”で検索をしてみました。すると「・・・地震で内部が損傷し、レンズの駆動で潤滑油代わりに使う水銀が散っていた・・・復旧のめどが立たないので、かなり暗くなるが仮灯器を取り付けた」となっていたのです。が、その記事の日付をみると2007年4月となっている。
 能登では度々、強い地震が起こっていることを知ることになりました。近世以降の記録において地震多発地帯。地元ではその地史を実感し行政もきっと用意されていたことだろう。
 しかし昨年地震の復興ははかどっていないようです。
 今年の3.11の前日、能登の知人から便りが届きました。彼とは正月の年賀状をかわしていた一人で、今年の賀状が届いていなかった。本人の無事は知っていたが「もしかして近い人に昨年不幸があったのかもしれない・・・」と、彼作の童画年賀状が届かないのが気になっていた。
 その3月10日に届いた便りには「当地、復興には程遠く・・・大規模半解・・・公費解体をひかえ・・・しばらく絵を描ける時間はなく、土木大工の日々・・・」と解体のあと自分で家を再度立ち上げると書かれていました。
 たくましく書いてくれたことは勇気をもらう思いだ。能登の方々が「あけましておめでとうございます」と賀状をかわし合えたのはどれくらいの人々だったのか。来年は彼の賀状が拝見できるだろうか。

 東日本大震災の前日に能登の状況をニュースでなく個人の便りから復興の遅れを感じました。当事者となった時、それらのことが切に実感できるのだろう。復興がはかどらない中 まつりごとが進行していく。
 便りの知人には心体を維持し日々を過ごしてもらいたいです。

2025_0302記
人が作る獣たちとの距離

 寒さが途切れ、今年はじめて行きつけの山林道へ冬の鈍った身体をリハビリがてら林道サイクへ出かけました。最初は手始めでもあるので標高700~800mのコースを予定していたのですが、そのコース沿いの山一部がニュースにもなるほどの林野火災が前日から続いていたので、それを回避し標高1000mではあるが、数年前 道脇のスギ・ヒノキが伐採され日ざしがあり微風なら春先にしても寒さの負担も軽いだろうの見当をつけ、冬期閉鎖ゲート前の数キロを自転車で複数回往復してきました。
 ゲートは入口から約2km地点、迷い込んできた県外バイクがゲートで引き返していった。他にも山仕事の打ち合わせをする人や水力発電関連の人(?)、シカ罠を仕掛ける軽トラの人が道に入ってき3時間余りの滞在時間で総勢6台の行き来があり予想外の賑わいだった。
 シカ罠の人と話ができる。「山菜には早いですよね、シカの罠ですか?」と声をかけると気さくに応答してくれました。
「以前も(自転車で)いましたね。そうですシカの罠です。天気がかわるタイミングは比較的かかりやすいので・・・シカの罠に、クマが2頭かかったことがありますよ」
「自分も2年前、クマらしき丸い足跡を石の祠の先の道で残雪の上に見たことがあります」
「そのあたりかと思いますが山火事注意の看板のあるあたりです。親子でいたケースもあったようです。7歳のメスで二回目の子だったらしい(クマがかかったときは軽井沢の団体にたのみ麻酔銃でおとなしくさせ放獣とのこと)。木苺の実を食べにきているようです、かかったのは6月」

 今日のスケッチはその道脇に枯れていたイタドリの種子たちです。
 そんなシカ罠情報を聞き帰宅し、シカ罠にかかったクマのことを「シカワナ クマ」でweb検索してみました。すると検索上位には、“罠にかかったシカをクマが襲い食料とした”と云う内容のものたちでした。日光の記事で「クマはそこにくればシカにありつけることを知っているのではないか」の追記がありました。
 この記事は人がおこなった増えすぎたシカを駆除しようと仕掛けた罠によりクマを人の活動エリアに近づける要因にもなるんだということにもなる。クマの取得物への執着心は狩りの後数十時間つづくと以前読んだことがあるので、今は私の行動する山では聞かないが、シカ罠周辺に不用心に近づいたハイカーらとクマとの遭遇がニュースになるかもしれない。
 とりわけ今回本文のように猟の人にお聞きした情報だと、クマ自体が罠にかかっていることは、クマがおそわないにしても罠にかかったシカを見ていることは十分にあるだろう。同山域にシカとクマらがかかっているなら罠にかかったシカをおそった事例もあるのかもしれない。知人でキノコ採りのときシカ罠に足を挟んだ人を知っているが、シカ・クマの意味合いからもシカ罠の近くには近づかないほうがよいと注意レベルを刷新した次第です。

2025_0219記
働きすぎではないですか

 今朝はようやく地面を隠すていどに夜中 雪が舞ったようでした。
 昨日から5~6日寒い予報がでていて日中も気温が上がらないだろうから、日陰に降った雪は しばらく白くあることでしょう。
 2月は光の春ともいう。日は長くなってきています。桜は枝先のフトンの中でまだ熟睡しているのか、目を覚ましながらも時にあらずとフトンの中にいるのか。老木と若木では、人の世では老人は朝が早いイメージがあるが、桜の開花はどうなのだろう。
 近年は開花が早く早くなっている。暖かくなっている影響は葉を落とすタイミングも遅くなりそうだから、ひと昔まえより今の桜は長時間花葉をしげらせ過労ぎみということはないのだろうか。人知れず 花葉をしげらせながらも一服し帳尻をあわせているのかも。

 今日のスケッチは浅瀬から突き出た草の冬芽でした。
 草は「夏の思い出」の一番歌詞にでてくるミズバショウです。
 夏というより春の水辺の花、しかし尾瀬では暦の上では立夏すぎに花を咲かせるのだろう。
 尾瀬より標高で900mぐらい低い立科津金寺には2~3株のミズバショウが小川に植わっておりカタクリの花も終盤のころの立夏直前に白い炎のような花を咲かせます。そのミズバショウがいつも咲く所にスケッチの姿が1月下旬にありました。冬もミズバショウはその葉に光を集めサトイモ科の植物なので芋を太らせているのだろうか。
 サトイモ科の山野草ではマムシグサもそれにあたり、どちらの芋も人が食べるのはつらいものがあるようです。
 風はつめたくも立春が過ぎました。サクラさん、ミズバショウさん、山野の皆さん春へ向かう階段を踏む足音が聞こえはじめていますか。

2025_0209記
チョウのエサ

 寒冷地といっていい当地では日中でも3℃に達しない連日となっています。雪は少量づつ降って、日陰が白い季節となっています。
 しかし一冬に2~3日はあってもいい終日氷点下と云う日が今年はまだない。気温としてはあたたかめに推移しています。
 とはいっても寒いのでありますから、内に家にいたい。

 今日のスケッチは昨年までに撮った写真たちの整理をしている中で たぶんこの蝶の幼虫ではないかと調べたイラクサの葉を食していた毛虫であります。
 昆虫たちの幼虫は人の子のようにチョコレートだ野菜だ肉だと色々なものを食べることをしない種が多く、特定な植物を食草にするものが多いようです。イラクサを食草とする昆虫ということで調べると3つぐらいの候補があり、その中でもっともらしかったのがコヒオドシと云う蝶でした。
 コヒオドシは高山蝶の一種とされていました。アカタテハのような配色らしいが今まで自分はこの蝶の成虫にあったことはない。また翅を広げてもモンシロチョウより小さいようなので会っていても見過ごし気づかず過ごした蝶かもしれない。小さきタテハチョウに高山であったら意識してみよう。

 昆虫たちの幼虫はそれぞれ食草が限定されているものが多いと本文で書きましたが、それを基に私のお腹(ちょう違いの腸)に沢山いるという腸内細菌たちも それぞれ目当てとする限定した食材が腸内に入ってくることを望んでいるんじゃないかと想像しました。
 それを基に「量ではなく沢山の食材をたべること」が免疫力をつけることにいいのではと最近はそのような食事を心がけています。ニンジンもジャガイモも輪切りに1㎝づつハクサイは10㎝□、でも10数種類を具にみそ汁を食べることが多いです。また腸内細菌にダメージをあたえそうなものがあれば想像しなるべく取らないようにも(添加物ら化学的な物を想像し)。
 食にも それぞれの考えがあることでしょう。

2025_0126記
ラジオから届いた雪

 もう少し早く生まれていれば、あの歌を現在進行形で聞けたのにという歌があります。でも私の年代だから発表と同時にその歌を知り、その歌が広まって行ったのを聞いていた歌も多いのです。
 「なごり雪」と云う歌は、そんな歌になります。
 当時AMラジオを付けながらの中学生としての宿題などやっていたとき耳にしたフォークソングの数々。その中にチューリップやガロ、そしてかぐや姫らのグループのものもあり、なごり雪はかぐや姫のLPレコードの一曲として収録されていたものを、やはりラジオ放送の中で聞いたのだと思います、中学生なりに物語を感じた。当時のわたしの家には車はなく、よく父は新宿からの旅行に連れて行ってくれた。なごり雪の汽車は東京駅を出発したが、自分は新宿を始発とする窓が手動で開けられる黒い鈍行列車を思い浮かべていた。
 あのころ新宿の駅にはホームに線路敷石の中に落ちてもとけないタバコの吸い殻が白く点々と落ちていた。今禁煙が時勢となり吸い殻は目に付かないことだろう。
 動き始めた汽車の窓に・・・君が去ったホームに残り・・・
 動き始めていたのは、昭和でもあったことでしょう。なごり雪は流れた時をも旅し、わたしを魅了する。

 今年はわたしの所では雪が少ないです。
 1月だというのに雪はなく小諸までの買い物も自転車で往復できる温かさもある(いつもなら解けた雪が凍り、車との関係もあり危ない)。 今日のスケッチはそんな小諸への道正面に見た浅間山系:黒斑くろふ山の雪景色です。山ではそこそこの雪があるようです。頂の右手に崖のような所がありますが、たぶん「トーミの頭」と云う所と思います。何年も同じ道を通っているので そんなこと前から知っていてもいいのですが、今冬の雪山にはじめてそれに気づきました。
 先日「なごり雪」を聴き逃しのラジオ放送で聞きました。

2025_0114記
昔の家にはどの家にも聖火ランナーがいた

 火の用心の季節は、火を近くに置きたい季節でもあります。
 今は電気スイッチやマッチ・ライターなどでストーブ・エアコン・ガスコンロなどが点火でき火の調達はライフラインが健全なら容易なものとなっています。
 明治や大正の農家は、巷にマッチはあったにしても貴重で付け木と併用していたとありました。付け木とは前日に燠(おき)に灰をかぶせ種火を残しておき、翌朝 灰をよけ息を吹き付け木に火をうつしたとのこと。種火を消してしまった時は隣の家にわけてもらったとあったが、それは主婦として恥ずべきことであったとあり、昔の家事は炊飯器がないレンジがない以前に火の調達保管への気配りがあったようです。
 私は冬場 石油ストーブ2台使っている。そのストーブ間で火を付け木につけうつす時がある。マッチの節約にもなるのですが、「買ったほうが安い」のご時世の中どこかで「マッチ1本自分ではつくれないよな」の思いはいつもある。体調がほどほどなら、いましめ、身体で運ぼう。

 今日のスケッチはアジサイの冬姿です。
 枯れているものと、とび出た枝を切ったが冬芽が付いていたものです。
 アジサイの芯はキビガラのような髄になっていて、そのスポンジ状の髄を昔は灯心にしていたとのこと。
 コロナのかげでインフルは昨年2000人ぐらいの人が亡くなっているらしい。年末から一週間後の発表で20歳代以上の世代で前週より2~3倍に感染者数が増えているのに小学生中学生世代は逆に二分の一に減少している。それで全世代まとめれば横這い、やや減少微増などと発表されている。長野県でも3学期がはじまった、雪は皆無ですが朝の冷え込みによる水の凍り付きは目に付くようになっています。

2025_0105記
ワニの尻尾は少し皮剥き土の中

 ことしは爬虫類の年:ヘビ年。
 トカゲ・カメも同類ですが、ヤモリとイモリと云う名が兄弟のようでトカゲを連想できる動物たちはどうなのだろう。
 ところでイモリは何度か見ているがヤモリの記憶が薄い。少年の頃住んでいた庭の排水溝をおおう板を外した時、押し花のようにペシャンコになっていたのがヤモリの一度きりの思い出であります。子どもの感性で「これはヤモリだ」と決めつけたのだから定かではない、でもそうやって私の記憶にヤモリが刻まれたことはよかった。ヤモリとイモリの名も ある一時期の方々の感性で似たような名が付いたのだろう。
 21世紀の分類学上では、ヤモリは爬虫類、イモリは両生類となっていました。ヤモリは平安以降に大陸から定着したとwikiにあり、同じく「主に民家やその周辺に生息する」ともあった、少年の日のあやつはヤモリの可能性がまだありそうだ。

 今日のスケッチは、同じく爬虫類のワニ、そしてその口に似ていることから名づけられたワニグチクリップです。
 三が日は家内の軌道修正の日々でした。防寒対策とパソコンまわりの電磁波対策をやりました。
 昨年夏ぐらいだったか電界磁界を計るメーターを手に入れたので、電気周りの工夫をしています。パソコンまわりが電界において他より非常に高い値を示していました。パソコンとつながれているマウスやプリンター・ペンタブも通電していることに気づかされ、自分の静電気も拾っているようでもあった。それで「アースをつけるといいよ」と云う本に巡り合ったので、できるか否か?でしたが、ホームセンターでアース線5mを買って来て、アース線の片方を20㎝ほど銅線をむき出しし地中に埋め(といってもせいぜい20㎝の深さ)、もう片方をパソのある2階まで何とか通しパソのUSB端子に差し込んでいるジャックの金属部にスケッチのワニグチクリップをはさんだのです。
 するとアース前はパソ周辺で200~300V/mを示していたメータの数値が、アース配線後は10V/m前後に下がっていた。本ではアース棒を打ち込んでいたが、近い詳しい人に「パソの電磁波を流すだけなら、棒はいらない」の助言をとり入れ施工(?)、1月3日のことでした。別に電磁波により目まいや頭痛など不調をこうむったからではない、ちょっとづつ年を重ね色々なものをはね返す力がおちていることだろうから、気づいたことは身近なリスクを回避してみようと思っています。